言霊、言葉に宿る魂。
音霊、音に宿る魂。
でも、思います。言霊も音霊も言葉や音に宿るのではなく
それらを受け止めた人たちの中にあるものが姿をあらわすもの、
僕はそう思っています。
だから響くものもあれば響かないものもある。
多くの人に響くこともあれば
ほんの数人にしか響かないことだってある。
でも、自分の中にある言霊、音霊の素が
皮膚の外に出て、それが自分ではない人間のところに
入り込んでチューニングメーターのように
ぴったり合うこと、これほど素晴らしいことはないだろう。
以前、共振について書いた。
ドミソが純正率でぴったり合うと各音量は変わらないのに
振幅が増えて自然と音量があがる。
これは共振だ。ワイングラスが声で割れてしまう原理だ。
目に見える共振、でも言葉や人間を介した共振は目にみえない。
耳にすることもできない。そこに面白さがあるのだと。
以前僕は、創作において「わかりやすさ」を
避けようとしていた時期があった。
よりシステマティックな手法でひねっていることが楽しかった。
伝わるものとは(言いたいこと)受け止める側にも
似たようなものがなければ伝わらない。
でも、必ずどこかにある、それを探すためにこじ開けて?いく。」
そうすることによって伝わるようになってくる。
見せ方、書き方、言い方、聞かせ方なのだと。
だけど、発する側にその素が不明瞭だったり、なかったりすれば
どんなに見せ方書き方などをうまくしても伝わらない。
人の心の中に染み込んでいくのはとても難しい。
でも、だからその分伝わればとてもうれしい。
表面上の「わかりやすい、わかりにくい」は問題ではなく
その核となっているものがどのように出てくるのか?
ここが大切だと僕は思います。
2009年07月14日
2009年07月13日
嫌いなものの評判を落とすために努力するよりも
嫌いなものの評判を落とすために
努力してぐじゃぐちゃ言うよりも
自分の評判を上げるために努力するほうが
ン百倍効率が良い。
でもついつい言ってしまう(笑)
まあそれもいいだろう。
努力してぐじゃぐちゃ言うよりも
自分の評判を上げるために努力するほうが
ン百倍効率が良い。
でもついつい言ってしまう(笑)
まあそれもいいだろう。
舞踏工房 若衆 ZUKE PVです。
こちらがカナダのCanAsian international Dance Festivalの
「木を見て森を見ない」のPVです。
http://www.youtube.com/watch?v=tdbsXWKtrUo
こちらがカナダのけーこさんと鶴山さんのダンスユニット
ZUKEのweb siteです
http://keiko.ca/zuke/index.html
こちらが舞踏工房 若衆のHPです。
http://www.geocities.jp/yanshubutoh/index.html
クレジットです
■ZUKE「木を見て森を見ない」
Keiko Ninomiya and Kinya ZULU Tsuruyama
Tetsuroh Konishi and TOMO
よろしくお願いいたします!
「木を見て森を見ない」のPVです。
http://www.youtube.com/watch?v=tdbsXWKtrUo
こちらがカナダのけーこさんと鶴山さんのダンスユニット
ZUKEのweb siteです
http://keiko.ca/zuke/index.html
こちらが舞踏工房 若衆のHPです。
http://www.geocities.jp/yanshubutoh/index.html
クレジットです
■ZUKE「木を見て森を見ない」
Keiko Ninomiya and Kinya ZULU Tsuruyama
Tetsuroh Konishi and TOMO
よろしくお願いいたします!
2009年07月12日
WhySheep? レコーディング
うとうと・・・ぼぐぇ〜・・・
はっ!!あぁ!!約束の10時に遅刻じゃないか!
とあわててまんきつを出てプロデューサーにメール。
んで遅れてスタジオに到着!
イカン、いかんね。時間厳守は社会人の常識!
アーティストも社会人なのだから、ねっ!!
で、前回レコした音源を聴いて更にビビったりして
かなりすごいところに行き着いている感じ。
もうすでに仙人の域でございます。
こんなに混沌の世界が美しいとは夢にも思いませんでした。
かなりキチャっておりまする…
これ、リリースされたら多分すごく話題になりそう・・・
あと、別件でひとつ決まりで、でも事務所からみでうーん。
言えない。こわくて言えないよぉ〜(笑)
僕はいつも彼と仕事をするときは驚きや納得の連続なのです。
今日はフィールドレコーディングもやりましたよ〜
いやー単にストリートライブだったら遠慮してただろうけど
そう!レコーディング!仕事!と思ったらすげー楽しんでできました。
地下鉄構内で録音してたらストップがかかり、
そのあとまた懲りずにやってたら再びストップ。
駅員さんとプロデューサーの超笑える会話まで黙って
レコーディング(爆)!!
スタジオに戻って聴いてみてかなり笑えました!
ゲラゲラ〜駅員さん、すみませんでした!(笑)
いやー息苦しい世の中なのですよ(笑)
そして
「小西メソッドで今から楽曲作りましょう!」
ということで前言ってた「瞬間作曲」で1曲作りました。
次回は2週間後なのでそのときにまた聴くのがとても楽しみ〜♪
アンチ チルアウト、か。
感性や考え方は背あわせですが、その分非常に近い部分もあったりして
それがお互いに手に取るようにわかる。
こういう仕事は最高に楽しいです!
また、「周波数」という音の見方、
これは僕がマサさんから教えてもらった考え方なのですが
プロデューサーもそういう視点で音を見ている。
彼も僕もきこえない音までがきちんと見えている。
そのことがわざわざ言わなくてもお互いにわかっている
だからとても楽しいのです!
タッグを組んで仕事をする。そしてきちんと社会に足跡を
残していくこと。そして高い次元で音楽を楽しむこと!
これは最高の幸せです!
今やってるユニットや同士たちでプランしてることとか
たくさんのオフレコ(笑)や。
そういうのがとてもうれしいです!
今日はすげープライベートな話までして
これまたすごく濃い時間でした!
がんばろー!
はっ!!あぁ!!約束の10時に遅刻じゃないか!
とあわててまんきつを出てプロデューサーにメール。
んで遅れてスタジオに到着!
イカン、いかんね。時間厳守は社会人の常識!
アーティストも社会人なのだから、ねっ!!
で、前回レコした音源を聴いて更にビビったりして
かなりすごいところに行き着いている感じ。
もうすでに仙人の域でございます。
こんなに混沌の世界が美しいとは夢にも思いませんでした。
かなりキチャっておりまする…
これ、リリースされたら多分すごく話題になりそう・・・
あと、別件でひとつ決まりで、でも事務所からみでうーん。
言えない。こわくて言えないよぉ〜(笑)
僕はいつも彼と仕事をするときは驚きや納得の連続なのです。
今日はフィールドレコーディングもやりましたよ〜
いやー単にストリートライブだったら遠慮してただろうけど
そう!レコーディング!仕事!と思ったらすげー楽しんでできました。
地下鉄構内で録音してたらストップがかかり、
そのあとまた懲りずにやってたら再びストップ。
駅員さんとプロデューサーの超笑える会話まで黙って
レコーディング(爆)!!
スタジオに戻って聴いてみてかなり笑えました!
ゲラゲラ〜駅員さん、すみませんでした!(笑)
いやー息苦しい世の中なのですよ(笑)
そして
「小西メソッドで今から楽曲作りましょう!」
ということで前言ってた「瞬間作曲」で1曲作りました。
次回は2週間後なのでそのときにまた聴くのがとても楽しみ〜♪
アンチ チルアウト、か。
感性や考え方は背あわせですが、その分非常に近い部分もあったりして
それがお互いに手に取るようにわかる。
こういう仕事は最高に楽しいです!
また、「周波数」という音の見方、
これは僕がマサさんから教えてもらった考え方なのですが
プロデューサーもそういう視点で音を見ている。
彼も僕もきこえない音までがきちんと見えている。
そのことがわざわざ言わなくてもお互いにわかっている
だからとても楽しいのです!
タッグを組んで仕事をする。そしてきちんと社会に足跡を
残していくこと。そして高い次元で音楽を楽しむこと!
これは最高の幸せです!
今やってるユニットや同士たちでプランしてることとか
たくさんのオフレコ(笑)や。
そういうのがとてもうれしいです!
今日はすげープライベートな話までして
これまたすごく濃い時間でした!
がんばろー!
渋谷WOMB@オール
んで、続き。
この日のWOMBはかなりアゲアゲのDJ"STEAVE BUG"
この人有名らしい。僕はこの世界がまったくわからないのです。
まあ、でもお客様激混み!!
つうかさ、このWOMB前、何年か前にきたことあったべ?
あ〜、あ!あぁ〜・・・
といろいろ記憶が(笑)
で、このクラブ。
天井が高い分とにかく音が回る。
ラウンジや上のほうが音はタイトでしたね〜
いやーおーもりさんモテるモテる!いや、マジに!
僕は全然モテませんです、はい、何か?(笑)
どうせモテるんだったらヨーロッパ中、アメリカの
大統領たちに
「Oh! I love Tetsuroh Music!! I want Tetsuroh Music!
NO TETSUROH MUSIC NO FUTURE!!!」
というふうに自分の音楽がモテたほうが全然よい。
目をハートマークにして僕を国賓として招待してくれたまえ!(爆)
そのほうがうれしい!(笑)
んで稼いだらスタジオ作って、いいミュージシャンを
ガンガン表に出していくさ〜
んで100%チャージバックのライブカフェを作るさ〜
んで自分の音楽が流れてる美術館を建てるさ〜
んで、ユニットや同士たち、若衆、枯山水、Why Sheep?
全部まとめて世界中を「国賓」としてまわるさ〜
んで「極貧」から脱出!「国賓」へ!
濁点とるだけで天と地以上の差だ(爆)
話がそれた!
クラブって音楽というよりはリズムのループの中から
3時間なら3時間のドラマをコンポジションする。
いやーこれもまた大変かもね〜
あ、でも一人だけ女の子声かけてきてくれたよん♪
髪の毛ワシワシ触ってた(笑)一緒に踊ってた〜
楽しかったわぁ〜♪
あとは外人の女の子!やっぱノリいいよなぁ〜
メンバーになってまた遊びにいこー!
んで朝まで踊って朝茶。・・・ホ・・・
それでも話は盛り上がる!
でも僕限界(笑)
んで仮眠して新宿のスタジオへ!
んで続く。
この日のWOMBはかなりアゲアゲのDJ"STEAVE BUG"
この人有名らしい。僕はこの世界がまったくわからないのです。
まあ、でもお客様激混み!!
つうかさ、このWOMB前、何年か前にきたことあったべ?
あ〜、あ!あぁ〜・・・
といろいろ記憶が(笑)
で、このクラブ。
天井が高い分とにかく音が回る。
ラウンジや上のほうが音はタイトでしたね〜
いやーおーもりさんモテるモテる!いや、マジに!
僕は全然モテませんです、はい、何か?(笑)
どうせモテるんだったらヨーロッパ中、アメリカの
大統領たちに
「Oh! I love Tetsuroh Music!! I want Tetsuroh Music!
NO TETSUROH MUSIC NO FUTURE!!!」
というふうに自分の音楽がモテたほうが全然よい。
目をハートマークにして僕を国賓として招待してくれたまえ!(爆)
そのほうがうれしい!(笑)
んで稼いだらスタジオ作って、いいミュージシャンを
ガンガン表に出していくさ〜
んで100%チャージバックのライブカフェを作るさ〜
んで自分の音楽が流れてる美術館を建てるさ〜
んで、ユニットや同士たち、若衆、枯山水、Why Sheep?
全部まとめて世界中を「国賓」としてまわるさ〜
んで「極貧」から脱出!「国賓」へ!
濁点とるだけで天と地以上の差だ(爆)
話がそれた!
クラブって音楽というよりはリズムのループの中から
3時間なら3時間のドラマをコンポジションする。
いやーこれもまた大変かもね〜
あ、でも一人だけ女の子声かけてきてくれたよん♪
髪の毛ワシワシ触ってた(笑)一緒に踊ってた〜
楽しかったわぁ〜♪
あとは外人の女の子!やっぱノリいいよなぁ〜
メンバーになってまた遊びにいこー!
んで朝まで踊って朝茶。・・・ホ・・・
それでも話は盛り上がる!
でも僕限界(笑)
んで仮眠して新宿のスタジオへ!
んで続く。
詩のライブ@土曜日
土曜日は夕方から笹田さんの詩のライブに行ってきました。
この間のライブのとき僕は伴奏させていただいたのですが
そのときザクザクくるものがあったので興味を持ち
いろいろ読ませていただいておりました。
その中でも気になる詩があったりと
ということで今回初めてライブに寄らせていただきました。
本当に今回もはじまりから終わりまで一貫して押し寄せてくる
言葉が持つ「言いたいこと」がズシンときました。
おそらく他の人がきけば、読めばまったく違う印象であったり
するのでしょうけど。
僕にはそれがシンパシーとして受け止めました。
朗読についても、変にステージ慣れしてるのではなく
その場に真摯に向き合う潔さを感じました。
言いたいこと、伝えなければならないことが
込められていれば、
その強さが強ければ強いほど
活字でも朗読でも
伝わる深度、心の振度は
同じなのだと。
活字、朗読、どちらでも
同じくに伝わる言葉、
これがいい詩であると僕は考えています。
そういう詩、言葉たちだったと僕は思います。
んで!途中、ロクデナシ1号さんから電話!
ヘイ!らじゃー!
で、あと2組出て、最後が猫道さんとどぶねずみさん。
いやーこれは僕は最初から激ウケでした!
テレビでみかける売れてる芸人なんかより
数百倍!面白い!!というか芸人と比べられたら嫌かも
しれないですが、そこはすみません。
僕は素人です。お許しを!
実力バリバリなのだからもっと大きい舞台に出たらいいのになぁ
って思いました!この人たちだったら僕も毎日テレビ見るかも!(笑)
んで、僕はちょい急ぎで渋谷へ!
おーもりさんと待ち合わせ、&笹田さんの詩集を読んでもらいました。
かなりズシンと・・・
そんな中素敵な本を教えてもらったりしながら
おしゃべり。
んで踊りに渋谷WOMBへ!
んで〜
続く〜♪
この間のライブのとき僕は伴奏させていただいたのですが
そのときザクザクくるものがあったので興味を持ち
いろいろ読ませていただいておりました。
その中でも気になる詩があったりと
ということで今回初めてライブに寄らせていただきました。
本当に今回もはじまりから終わりまで一貫して押し寄せてくる
言葉が持つ「言いたいこと」がズシンときました。
おそらく他の人がきけば、読めばまったく違う印象であったり
するのでしょうけど。
僕にはそれがシンパシーとして受け止めました。
朗読についても、変にステージ慣れしてるのではなく
その場に真摯に向き合う潔さを感じました。
言いたいこと、伝えなければならないことが
込められていれば、
その強さが強ければ強いほど
活字でも朗読でも
伝わる深度、心の振度は
同じなのだと。
活字、朗読、どちらでも
同じくに伝わる言葉、
これがいい詩であると僕は考えています。
そういう詩、言葉たちだったと僕は思います。
んで!途中、ロクデナシ1号さんから電話!
ヘイ!らじゃー!
で、あと2組出て、最後が猫道さんとどぶねずみさん。
いやーこれは僕は最初から激ウケでした!
テレビでみかける売れてる芸人なんかより
数百倍!面白い!!というか芸人と比べられたら嫌かも
しれないですが、そこはすみません。
僕は素人です。お許しを!
実力バリバリなのだからもっと大きい舞台に出たらいいのになぁ
って思いました!この人たちだったら僕も毎日テレビ見るかも!(笑)
んで、僕はちょい急ぎで渋谷へ!
おーもりさんと待ち合わせ、&笹田さんの詩集を読んでもらいました。
かなりズシンと・・・
そんな中素敵な本を教えてもらったりしながら
おしゃべり。
んで踊りに渋谷WOMBへ!
んで〜
続く〜♪
怒涛の楽しいO(≧∇≦)o
まず、土曜日、
阿佐ヶ谷に詩のライブに行きました。
笹田さんの言葉に感銘を受け、ききに行きました!
そのあと、おーもり同士さんと詩集を読んだりして話して
んじゃ踊りに行くべか!
と渋谷ウームへ!
オールナイト踊り続け
朝茶して僕はレコーディングのために
新宿に向かいました。
んでレコーディング。
いや〜マジに深かった!
音源聴いて更にビビる僕。
脊あわせの感覚は
実は非常〜に近い!
絶妙なバランスで作られる音楽。
タッグを組んで作る楽しみ。
足跡を刻んでいくことの喜び!
とことん作っていきたいです!
詳細は日記書きます!
ちょっと待ってね!
阿佐ヶ谷に詩のライブに行きました。
笹田さんの言葉に感銘を受け、ききに行きました!
そのあと、おーもり同士さんと詩集を読んだりして話して
んじゃ踊りに行くべか!
と渋谷ウームへ!
オールナイト踊り続け
朝茶して僕はレコーディングのために
新宿に向かいました。
んでレコーディング。
いや〜マジに深かった!
音源聴いて更にビビる僕。
脊あわせの感覚は
実は非常〜に近い!
絶妙なバランスで作られる音楽。
タッグを組んで作る楽しみ。
足跡を刻んでいくことの喜び!
とことん作っていきたいです!
詳細は日記書きます!
ちょっと待ってね!
2009年07月11日
ことばあそび&詩のブログLIVE6.1&ライブ&クラブ&レコ
ことばあそびが好きで自分でもよく遊びます。
でも現実にある大切なことではことばあそびはしません。
わけています。常日頃からことばあそびがありすぎると
本質を見失うからです。
以前ことばに酔うのが好きじゃないって1年以上前に思ったことがあります。
あ〜それなんとなくいいね〜とか、そういうことばあそびが
酔っているようにみえてそれが軽いなぁと思っていました。
僕が書く詩の内容もどんどん変わってきて、それが進化なのか
退化なのかわかりませんが、少なくとも何が言いたいことなのか?
これを大切にし、言いたいことをどういう手触りで伝えていくか?
このことが詩を書く上で重要なのだと思うようになりました。
ちょっと前に言った「つぶやき」とは、決して軽いことばあそび
ではなく、言いたいことのモチーフということです。
単語一言二言を並べてすんでしまう、そこから脱出しないとことばは
いつまでも軽いままです。
最近扱っているテーマはどうしても重いです。
「死」このテーマははっきり言って書きやすい。
シリアスであるから逆に書きやすいのです。
でも、その書きやすさの中に言いたいことを盛り込んでいく、
そのことはとても難しいですし深いです。
ポツリ…と出てくることば
重苦しさの中から出てくる言葉。
言葉の組み立て方とかそういうものは実は全然関係なくて
詩の構成がどうとか、そういうものは実はどうでもよくて
(ほんとはよくないんだけどね)
たとえばさっきの「死」をどういう手触りで伝えていくのか?
そのことのほうがもっと重要な気がします。
中也にハマった高校時代。
読むだけに飽き足らず分析本で何かを得ようと。
ですが、今思うとそこには分析には何もないのです。
正直、中也の詩はあるときは音楽的だし、
そして「手触り」というものを通り超えた「つぶやき」の
連続です。しかも一篇の詩の中にです。
起承転結、で、「言いたいこと」にたどり着くのではなく
起、承、転、結、のそれぞれにもうすでに言いたいこと、
つまり「つぶやき」の連続なのです。
もちろん、他の見方もあります。
そこに技巧の分析を用いていたとしても
それはたいした問題ではないのです。
そう思うと中也はやっぱり天才だったのかなぁと思います。
自分も含めてなのですが、あそびじゃないことば、
いや、言葉にどれだけ向かい合えているのかな?と
疑問に思うことがたくさんあります。
ことばあそびじゃない、実感できる言葉であることが
人の心を動かすんじゃないのかな?って思います。
言霊って言葉に宿るだけでなく、それは実は
読む人の中にいつも潜在するものであって、
それはやっぱり手触りを通じて、言いたいことにつながってくんだと。
僕は作曲の人間だし、演奏する人間だけど
音を軽く扱うことはないですよ。
音を出すときはどんなときでも気軽じゃないです。
すべて真剣です。
音を出すこと自体が生きることなのでは?と思っています。
軽くなっている言葉、そして軽いことば、
つぶやきや手触りのないまま発せられることばは
言葉に成りえないし、詩にもなっていかないって最近思います。
で、LIVE6.1。SONARがマジ調子悪いので
ソフトをインストールしてこれからいろいろチェックします。
明日日中になんとか北欧のやつを形にしたいです。
機材トラブルは困ったものですが、そんなときに備えて
もちろん!3重4重の構えでおりますよ〜
(んなの当たり前でんがな)
で、明日は詩人の笹田さんがライブをされるということなので
行きます。たくさんいた詩人の中で
こんなに実感がある言葉、そこに強烈なものを感じたので
明日朗読を聞きに行きます。
んで、そのあとは鶴山さんのイベントに行く予定でしたが
やっぱりクラブで踊りたいので待ち合わせして渋谷のクラブに行きます。
んで、日曜日は朝から夕方までレコーディングです。
今回のこの某アルバム(僕のソロじゃなくて)は
喰らいついてガンガン参加したいのです。
それは演奏だけでなく、プロデューサーと
意見を交わしたりして作りたいのです。
深く関わりたい、そう思ってます。
プロデューサーがこの間そう言ってくれたことで
僕はもうやる気マンマンです。
サンレコの見開きカラーで写真付でインタビュー!
これ、目標です(笑)
あと、今日は自分のマイスペをいじります。
曲を自分のだけにしぼります。
詩のブログは相変わらずクローズな状態で発酵が進んでます。
クローズなので教えません(笑)
あと、朗読と活字、伝わるものはどちらも同じですね。
これは朗読向き、これは活字向き、
それはちょっと違うんじゃないかな?って思います。
なぜなら言葉は自由自在であり、基本的にダイレクトだからです。
でも現実にある大切なことではことばあそびはしません。
わけています。常日頃からことばあそびがありすぎると
本質を見失うからです。
以前ことばに酔うのが好きじゃないって1年以上前に思ったことがあります。
あ〜それなんとなくいいね〜とか、そういうことばあそびが
酔っているようにみえてそれが軽いなぁと思っていました。
僕が書く詩の内容もどんどん変わってきて、それが進化なのか
退化なのかわかりませんが、少なくとも何が言いたいことなのか?
これを大切にし、言いたいことをどういう手触りで伝えていくか?
このことが詩を書く上で重要なのだと思うようになりました。
ちょっと前に言った「つぶやき」とは、決して軽いことばあそび
ではなく、言いたいことのモチーフということです。
単語一言二言を並べてすんでしまう、そこから脱出しないとことばは
いつまでも軽いままです。
最近扱っているテーマはどうしても重いです。
「死」このテーマははっきり言って書きやすい。
シリアスであるから逆に書きやすいのです。
でも、その書きやすさの中に言いたいことを盛り込んでいく、
そのことはとても難しいですし深いです。
ポツリ…と出てくることば
重苦しさの中から出てくる言葉。
言葉の組み立て方とかそういうものは実は全然関係なくて
詩の構成がどうとか、そういうものは実はどうでもよくて
(ほんとはよくないんだけどね)
たとえばさっきの「死」をどういう手触りで伝えていくのか?
そのことのほうがもっと重要な気がします。
中也にハマった高校時代。
読むだけに飽き足らず分析本で何かを得ようと。
ですが、今思うとそこには分析には何もないのです。
正直、中也の詩はあるときは音楽的だし、
そして「手触り」というものを通り超えた「つぶやき」の
連続です。しかも一篇の詩の中にです。
起承転結、で、「言いたいこと」にたどり着くのではなく
起、承、転、結、のそれぞれにもうすでに言いたいこと、
つまり「つぶやき」の連続なのです。
もちろん、他の見方もあります。
そこに技巧の分析を用いていたとしても
それはたいした問題ではないのです。
そう思うと中也はやっぱり天才だったのかなぁと思います。
自分も含めてなのですが、あそびじゃないことば、
いや、言葉にどれだけ向かい合えているのかな?と
疑問に思うことがたくさんあります。
ことばあそびじゃない、実感できる言葉であることが
人の心を動かすんじゃないのかな?って思います。
言霊って言葉に宿るだけでなく、それは実は
読む人の中にいつも潜在するものであって、
それはやっぱり手触りを通じて、言いたいことにつながってくんだと。
僕は作曲の人間だし、演奏する人間だけど
音を軽く扱うことはないですよ。
音を出すときはどんなときでも気軽じゃないです。
すべて真剣です。
音を出すこと自体が生きることなのでは?と思っています。
軽くなっている言葉、そして軽いことば、
つぶやきや手触りのないまま発せられることばは
言葉に成りえないし、詩にもなっていかないって最近思います。
で、LIVE6.1。SONARがマジ調子悪いので
ソフトをインストールしてこれからいろいろチェックします。
明日日中になんとか北欧のやつを形にしたいです。
機材トラブルは困ったものですが、そんなときに備えて
もちろん!3重4重の構えでおりますよ〜
(んなの当たり前でんがな)
で、明日は詩人の笹田さんがライブをされるということなので
行きます。たくさんいた詩人の中で
こんなに実感がある言葉、そこに強烈なものを感じたので
明日朗読を聞きに行きます。
んで、そのあとは鶴山さんのイベントに行く予定でしたが
やっぱりクラブで踊りたいので待ち合わせして渋谷のクラブに行きます。
んで、日曜日は朝から夕方までレコーディングです。
今回のこの某アルバム(僕のソロじゃなくて)は
喰らいついてガンガン参加したいのです。
それは演奏だけでなく、プロデューサーと
意見を交わしたりして作りたいのです。
深く関わりたい、そう思ってます。
プロデューサーがこの間そう言ってくれたことで
僕はもうやる気マンマンです。
サンレコの見開きカラーで写真付でインタビュー!
これ、目標です(笑)
あと、今日は自分のマイスペをいじります。
曲を自分のだけにしぼります。
詩のブログは相変わらずクローズな状態で発酵が進んでます。
クローズなので教えません(笑)
あと、朗読と活字、伝わるものはどちらも同じですね。
これは朗読向き、これは活字向き、
それはちょっと違うんじゃないかな?って思います。
なぜなら言葉は自由自在であり、基本的にダイレクトだからです。
2009年07月10日
何が立ち向かう方向へ、やる気をおこさせるのか?
こんなに強気で傲慢で(本当はそうじゃない)
無理だ!と言われても
孤立するぞ!と言われても
子供だ!と言われても
性格悪い!と言われても
自分勝手!と言われても
立ち向かい、やる気をおこさせるもの、
それは、
「悔しさ」。
そこから始まっているから
最後の最後のあたりで
後悔するかもしれない。
だけど、成長していく過程で
何かきっといいことがある。
いいことが、「悔しさ」を超えたとき
やっと自分になれるのだと思う。
先は長い。
人間、そう簡単に自分になんてなれないのだ。
自分になれているつもりで
実は逃げているにすぎない。
妥協しているにすぎない。
だから、
先は長いのだ。
無理だ!と言われても
孤立するぞ!と言われても
子供だ!と言われても
性格悪い!と言われても
自分勝手!と言われても
立ち向かい、やる気をおこさせるもの、
それは、
「悔しさ」。
そこから始まっているから
最後の最後のあたりで
後悔するかもしれない。
だけど、成長していく過程で
何かきっといいことがある。
いいことが、「悔しさ」を超えたとき
やっと自分になれるのだと思う。
先は長い。
人間、そう簡単に自分になんてなれないのだ。
自分になれているつもりで
実は逃げているにすぎない。
妥協しているにすぎない。
だから、
先は長いのだ。
ドクターストップ(いや、セルフストップ)
ちょっと即興で呼ばれてポイっと気軽に演奏することを休みます。
ただ、仕事やプロジェクト、これらは続けます。
実は命削って演奏しています。ひとつひとつの演奏が命がけです。
自分で調整しながらやってます。
だから可能な限り自分の演奏を音楽を大きな場所で
いい場所で先につながる場所で
「本当に必要とされている場所」で
やりたいのです。そして収入につなげたい。そう思っています。
先日の都内でのライブのように
必要とされてない場所に出向いて行って
命削って演奏してもまったく意味がありません。
また、自分の音楽が汚されるような環境で
ぐちゃぐちゃの即興演奏しても意味がありません。
爆音や殺人的ノイズにまみれて自分の音を消された状態で
演奏したくないのです。まあ、これは過去の話しですが。
かなり昔ですがスナックで演奏したとき、
酔っ払ったお客様が「おい!枯葉吹け!」とか、
確かにお客様ですので邪険にはできないですが
チャージやチップはいただいておりません。
そういうこととか。
即興でもまったくナンセンスというかひどい組み合わせで
ライブをやらされたりとか…
コラボレーションでも全部甘えてこられたりとか…
鼻歌だけで譜面おこしからアレンジから制作までやったりとか。
ある大事な仕事の空間で音楽のことしか考えてない音楽を
持ち込まれたり、またそのことで著名な方から
お叱り受けたり。私はきちんと全部受け止めました。
などなど・・・
お仕事をくださる方はみんな真摯で紳士です。
てつろうさんの演奏が、
てつろうさんの音楽が、
ここで必要なんです!
と言ってくださる場所で自分の音楽を広げたいのです。
僕の音楽を大切に思ってくださる方のもとで
音楽を伝えたいと思っています。
仕事をくださる方はとても大切にしてくださいます。
そのことに感謝してます。
また仕事ではなくてもとてもよき理解者の方々もいらっしゃり
そのことには本当に感謝いたしております。
日々トレーニングしています。
見た目普通に演奏していますが体内はすごい状態になってます。
その状態に耐えられるようにトレーニングしています。
先日、サンプルCDをある方に差し上げました。
その方は本当にじっくりと聴いてくださいました。
そしてとてもためになる、勉強になる感想をいただきました。
とてもうれしいですよ。本当に深く聴いていただけたのですから。
レコーディングでスタジオに入ったらプロデューサーが
僕の音楽を流しながら、これ、いいんだよね〜♪って仰ってくださる。
音楽が仕事につながるきっかけはやっぱりその人の音楽に
ほれこむことからはじまると思います。
そういう方と共に音楽を作ったり演奏することに
命を削ってもまったく惜しくありません。
むしろ光栄です。
また、今やっているプロジェクト、これもまた同じく
友人でやる、というよりはすでに同士、同志です。
ここでも命削って演奏してもまったく惜しくありません。
今、海外からオファーをいただき録音していますが、
上手いトランペッターはたくさんたくさんいらっしゃいます。
わざわざヨーロッパからこんなに遠い日本の1ミュージシャンに
オファーを出さなくても、たくさん素晴らしいトランペッターは
いらっしゃいます。僕でなくてもいいのです。
でも、僕の演奏がほしいと言ってくださること、
そのことにありがたく感謝しています。
だからひとつひとつを心をこめて演奏しています。
当たり前ですが、それを単に当たり前とするのではなく
わざわざ声をかけていただいたことに感謝して
それこそ、命を削ってでもいい演奏をしたい、そう思うのです。
襟を正す、ということです。
即興ライブでは、或いは詩のライブでは
ジャンプイン、オープンマイクというのがあります。
お越しいただいたお客様にもご参加いただく、というものです。
僕は少々疑問を感じます。
ジャンプイン、オープンマイクに参加されるお客様は
チャージをお支払いいただいています。
そこで飛び込むのもお客様の自由かもしれないですが
ライブとしてのクオリティはどうなんだろう?
と思うわけです。
また、ジャンプイン、オープンマイクに参加されたお客様は
それぞれがまた他の場所でチャージを取ってライブをします。
パフォーマンスの価値ってなんだろう?
僕は思うわけです。
もし仮に純粋にお客様がいらっしゃってた場合
純粋なお客様はどう思うのだろう?と思うのです。
以前僕もThe Phonosのライブに参加しました。
とても楽しかったし、クオリティはあったはずです。
でもそれはジャンプインじゃないし。
当日決めたことだし。と思います。
お客様は基本的に素人です。変な言い方かもですが
お客様は聴いたまま感じます。そこにお客様の素直な感想が残ります。
自分たちのやってる音楽の敷居を下げる上げる、
という次元の問題ではなく、お越しいただいたお客様に
楽しんでいただくこと、これがすべてだと思います。
売れる売れない、ということではなく
音楽を届ける側のスタンス、ここを大切にしていきたいと思っています。
もうあまり無理はできません。
ご理解くださいませ。
また是非生の演奏、そしてCDも多くの方々に聴いていただけたらと
思っております。
今度の20日は16時半からです、いくつか前の日記に詳細を
書いてあります。もしお時間ございましたらお越しくださいませ。
ちなみにある日本でない場所で決定的なものを見つけました。
即興についてです。自分では知らない間に無意識にやっていたこと、
これが実は大事な要素であることを第三者様から教わりました。
ある数字に支配されているのです。
僕はそれを感覚で捉えていました。でもその数字を知ることによって
更に深く読めるようになりました。
教えてくださったその方は外国人です。
指摘や意見を素直に受け止めるって本当に大切だなぁと思っています。
人間はいつも理解を超えたところにいます。
だから曖昧なのです。でもその仕組みやカラクリを知ることによって
一瞬で変わります。
学生時代に学んだ呼吸法が一瞬で音色を変えてくれたように。
即興や現代音楽をどんなに言葉でといても何も意味を成さないです。
そういう方多いなぁと思います。
ある僕の好きな作曲家が言ってました。
「結局、出音が勝負」
その出音をよくするために譜面を書きながらイマジネーションを
膨らますのです。
よく会話に出てくる「12音」これはなんてことないです。
いや、もちろん深いのですが。
何が深いのか?12音を使って音楽を書くこと、
どういう音楽にしていくか?ということが大事で深い。
その技法や様式そのものは道具と同じです。
だから音列を決めてあとは即興だなんてとんでもない!
そういうのをデタラメというんです。
12音で4重奏書くだけではっきりいって脳みそパンクです。
ソロでさえきついのに。
12音はあくまで音列の決定であって音楽の様式は
クラシックなんです。本当に無調を書くのって難しい。
南弘明先生著の「12音による対位法」の第一章の冒頭に
膨大な可能性の数字、そしてそこから紐とかれるように
基本中の基本が記されています。
作曲の心構えです。ここまでは言葉でしかありません。
本当に難しいのは、だけど面白いのはそのあとからの実践、
これが一番面白いのです。
なぜJケージ=チャンスオペレーション=即興
とつながってしまうのでしょう?
いや、気持ちはわかりますよ?だけど、それじゃ素人です。
なぜゼロの概念を持たなかったのか?
そこに次元を超えた差があるわけです。
偶然性とは常に数に支配されています。
そのことに気がつかないから
ケージ=偶然性=即興という安易な式ができてしまうのです。
ちなにみケージはフルクサス絡みです。
コンセプチュアルアートです。でもサウンドは美しいです。
美しさを感じる人は少ないかもしれないですが。
じゃあ、即興にもコンセプトもたせたらコンセプチュアルアートだ、
という人もいるかもしれないですが、それは浅はかです。
それに作品や楽曲にコンセプトを持たせること、
僕はこのことにも疑問を感じます。
「じゃあ、コンセプトさえよければいいんだよね?」
と、こうなりがちです。
僕が高校時代に思っていたこととなんら変わりません。
コンセプトとは作品に盛り込むのではなく
出来上がる作品のために、或いはお聴きいただく方、お客様のためにあるものです。
そこを無視して何がコンセプトだ!
と、思います。
(コンセプチュアルアートは別ですよ)
長くなりました。
お付き合いいただき感謝いたしております。
ただ、仕事やプロジェクト、これらは続けます。
実は命削って演奏しています。ひとつひとつの演奏が命がけです。
自分で調整しながらやってます。
だから可能な限り自分の演奏を音楽を大きな場所で
いい場所で先につながる場所で
「本当に必要とされている場所」で
やりたいのです。そして収入につなげたい。そう思っています。
先日の都内でのライブのように
必要とされてない場所に出向いて行って
命削って演奏してもまったく意味がありません。
また、自分の音楽が汚されるような環境で
ぐちゃぐちゃの即興演奏しても意味がありません。
爆音や殺人的ノイズにまみれて自分の音を消された状態で
演奏したくないのです。まあ、これは過去の話しですが。
かなり昔ですがスナックで演奏したとき、
酔っ払ったお客様が「おい!枯葉吹け!」とか、
確かにお客様ですので邪険にはできないですが
チャージやチップはいただいておりません。
そういうこととか。
即興でもまったくナンセンスというかひどい組み合わせで
ライブをやらされたりとか…
コラボレーションでも全部甘えてこられたりとか…
鼻歌だけで譜面おこしからアレンジから制作までやったりとか。
ある大事な仕事の空間で音楽のことしか考えてない音楽を
持ち込まれたり、またそのことで著名な方から
お叱り受けたり。私はきちんと全部受け止めました。
などなど・・・
お仕事をくださる方はみんな真摯で紳士です。
てつろうさんの演奏が、
てつろうさんの音楽が、
ここで必要なんです!
と言ってくださる場所で自分の音楽を広げたいのです。
僕の音楽を大切に思ってくださる方のもとで
音楽を伝えたいと思っています。
仕事をくださる方はとても大切にしてくださいます。
そのことに感謝してます。
また仕事ではなくてもとてもよき理解者の方々もいらっしゃり
そのことには本当に感謝いたしております。
日々トレーニングしています。
見た目普通に演奏していますが体内はすごい状態になってます。
その状態に耐えられるようにトレーニングしています。
先日、サンプルCDをある方に差し上げました。
その方は本当にじっくりと聴いてくださいました。
そしてとてもためになる、勉強になる感想をいただきました。
とてもうれしいですよ。本当に深く聴いていただけたのですから。
レコーディングでスタジオに入ったらプロデューサーが
僕の音楽を流しながら、これ、いいんだよね〜♪って仰ってくださる。
音楽が仕事につながるきっかけはやっぱりその人の音楽に
ほれこむことからはじまると思います。
そういう方と共に音楽を作ったり演奏することに
命を削ってもまったく惜しくありません。
むしろ光栄です。
また、今やっているプロジェクト、これもまた同じく
友人でやる、というよりはすでに同士、同志です。
ここでも命削って演奏してもまったく惜しくありません。
今、海外からオファーをいただき録音していますが、
上手いトランペッターはたくさんたくさんいらっしゃいます。
わざわざヨーロッパからこんなに遠い日本の1ミュージシャンに
オファーを出さなくても、たくさん素晴らしいトランペッターは
いらっしゃいます。僕でなくてもいいのです。
でも、僕の演奏がほしいと言ってくださること、
そのことにありがたく感謝しています。
だからひとつひとつを心をこめて演奏しています。
当たり前ですが、それを単に当たり前とするのではなく
わざわざ声をかけていただいたことに感謝して
それこそ、命を削ってでもいい演奏をしたい、そう思うのです。
襟を正す、ということです。
即興ライブでは、或いは詩のライブでは
ジャンプイン、オープンマイクというのがあります。
お越しいただいたお客様にもご参加いただく、というものです。
僕は少々疑問を感じます。
ジャンプイン、オープンマイクに参加されるお客様は
チャージをお支払いいただいています。
そこで飛び込むのもお客様の自由かもしれないですが
ライブとしてのクオリティはどうなんだろう?
と思うわけです。
また、ジャンプイン、オープンマイクに参加されたお客様は
それぞれがまた他の場所でチャージを取ってライブをします。
パフォーマンスの価値ってなんだろう?
僕は思うわけです。
もし仮に純粋にお客様がいらっしゃってた場合
純粋なお客様はどう思うのだろう?と思うのです。
以前僕もThe Phonosのライブに参加しました。
とても楽しかったし、クオリティはあったはずです。
でもそれはジャンプインじゃないし。
当日決めたことだし。と思います。
お客様は基本的に素人です。変な言い方かもですが
お客様は聴いたまま感じます。そこにお客様の素直な感想が残ります。
自分たちのやってる音楽の敷居を下げる上げる、
という次元の問題ではなく、お越しいただいたお客様に
楽しんでいただくこと、これがすべてだと思います。
売れる売れない、ということではなく
音楽を届ける側のスタンス、ここを大切にしていきたいと思っています。
もうあまり無理はできません。
ご理解くださいませ。
また是非生の演奏、そしてCDも多くの方々に聴いていただけたらと
思っております。
今度の20日は16時半からです、いくつか前の日記に詳細を
書いてあります。もしお時間ございましたらお越しくださいませ。
ちなみにある日本でない場所で決定的なものを見つけました。
即興についてです。自分では知らない間に無意識にやっていたこと、
これが実は大事な要素であることを第三者様から教わりました。
ある数字に支配されているのです。
僕はそれを感覚で捉えていました。でもその数字を知ることによって
更に深く読めるようになりました。
教えてくださったその方は外国人です。
指摘や意見を素直に受け止めるって本当に大切だなぁと思っています。
人間はいつも理解を超えたところにいます。
だから曖昧なのです。でもその仕組みやカラクリを知ることによって
一瞬で変わります。
学生時代に学んだ呼吸法が一瞬で音色を変えてくれたように。
即興や現代音楽をどんなに言葉でといても何も意味を成さないです。
そういう方多いなぁと思います。
ある僕の好きな作曲家が言ってました。
「結局、出音が勝負」
その出音をよくするために譜面を書きながらイマジネーションを
膨らますのです。
よく会話に出てくる「12音」これはなんてことないです。
いや、もちろん深いのですが。
何が深いのか?12音を使って音楽を書くこと、
どういう音楽にしていくか?ということが大事で深い。
その技法や様式そのものは道具と同じです。
だから音列を決めてあとは即興だなんてとんでもない!
そういうのをデタラメというんです。
12音で4重奏書くだけではっきりいって脳みそパンクです。
ソロでさえきついのに。
12音はあくまで音列の決定であって音楽の様式は
クラシックなんです。本当に無調を書くのって難しい。
南弘明先生著の「12音による対位法」の第一章の冒頭に
膨大な可能性の数字、そしてそこから紐とかれるように
基本中の基本が記されています。
作曲の心構えです。ここまでは言葉でしかありません。
本当に難しいのは、だけど面白いのはそのあとからの実践、
これが一番面白いのです。
なぜJケージ=チャンスオペレーション=即興
とつながってしまうのでしょう?
いや、気持ちはわかりますよ?だけど、それじゃ素人です。
なぜゼロの概念を持たなかったのか?
そこに次元を超えた差があるわけです。
偶然性とは常に数に支配されています。
そのことに気がつかないから
ケージ=偶然性=即興という安易な式ができてしまうのです。
ちなにみケージはフルクサス絡みです。
コンセプチュアルアートです。でもサウンドは美しいです。
美しさを感じる人は少ないかもしれないですが。
じゃあ、即興にもコンセプトもたせたらコンセプチュアルアートだ、
という人もいるかもしれないですが、それは浅はかです。
それに作品や楽曲にコンセプトを持たせること、
僕はこのことにも疑問を感じます。
「じゃあ、コンセプトさえよければいいんだよね?」
と、こうなりがちです。
僕が高校時代に思っていたこととなんら変わりません。
コンセプトとは作品に盛り込むのではなく
出来上がる作品のために、或いはお聴きいただく方、お客様のためにあるものです。
そこを無視して何がコンセプトだ!
と、思います。
(コンセプチュアルアートは別ですよ)
長くなりました。
お付き合いいただき感謝いたしております。



